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東京地方裁判所 昭和60年(行ウ)169号 判決

原告

原源

右訴訟代理人弁護士

友光健七

安田寿朗

山本高行

土田庄一

黒岩容子

田中由美子

小野寺利孝

森和雄

長谷川史美

山本英司

被告

社会保険庁長官吉原健二

右指定代理人

荒堀稔穂

竹野清一

小木津敏也

高原富一

平岩一幸

中尾信一

林道雄

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し昭和五八年一月一三日付けでした厚生年金保険法による同法別表第一の三級の障害年金を支給する旨の処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、原告が提出した昭和五七年九月二九日付け診断書により原告の障害の状態を審査した結果、原告の昭和五七年九月における障害の状態は厚生年金保険法別表第一(以下「障害等級表」という。)に定める三級(以下単に「三級」といい、同別表の他の等級も同様に省略する。)であるとして、昭和五八年一月一三日付けで障害年金を昭和五七年七月から支給する旨の処分をした(以下「本件処分」という。)。

2  原告は、本件処分を不服として昭和五八年三月七日北海道社会保険審査官に対し審査請求をしたが、同審査官は昭和五八年八月二四日付けでこれを棄却した。原告は、更に昭和五八年九月二六日社会保険審査会に対し再審査請求をしたが、同審査会は、昭和六〇年七月三一日付けでこれを棄却する旨の裁決をした。

3  じん肺患者の労働能力

(一) 管理四患者のじん肺法、労災保険法上の取扱い

じん肺とは、粉じんを吸収することによって肺に生じた線維増殖性変化を主体とする疾病(じん肺法二条)であって、肺胞内に吸収された大量の粉じんに対して肺の組織が生体反応を行い線維化された細胞を増殖し、自己の肺胞や気管支を破壊することが主たる病因であり、現在の医学ではその病因を取り除くことは不可能な「不治の病」とされ、かつ、粉じん作業から離れたとしても、長い時間の経過とともに病状が進行する典型的な進行性疾病である。じん肺法は、こうした不可逆性でかつ進行性疾病としてのじん肺症の特質を踏まえ、その進行にあわせ、管理一ないし四の五段階に区分し(じん肺法四条二項)、右管理四(以下「管理四」という。)の患者は、現在の法の区分の下では、最も肺組織の破壊が進行している最重症の患者である。じん肺法管理四の患者は、〈1〉X線写真の像が第四型(大陰影)であるか、もしくは、〈2〉X線写真に所見があり、かつ、「著しい肺機能障害がある」かのいずれかであって、いずれにしても、病状が相当深刻に進行している者のみが、主治医の診断に加え、地方じん肺審査医の「診断又は審査」(じん肺法一三条)という二重の専門医の診断を経て、認定されている。そして、管理四と認定された患者は、「療養を要するもの」(じん肺法二三条)とされた上、労働基準法七五条二項、同法施行規則三五条別表一の二、五所定の業務上の疾病と認定され、労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)一三条所定の療養補償給付はもとより、同法一四条所定の「労働者が業務上の負傷又は疾病による療養のため労働することができない」ときに支給される休業補償給付が支給されるのである。したがって、少なくとも労災保険法上は、管理四の患者は例外なく全員労働不能と評価され、それに見合った給付がなされているのである。

じん肺法は、二三条の直前に、より軽症な管理二、三のイ、ロの労働者について、粉じん作業の時間短縮をはじめ作業の転換に関する詳細な規定を定めているのに対し、管理四の患者については、作業転換等について全く規定していない(じん肺法二〇条の二ないし二二条の二)。これは、まさに、法が管理四の患者の作業転換を全く予定せず、専ら療養に専念することを期待していると考えるのが自然である。さらに、管理四の患者は例外なく、主治医及び地方じん肺審査医という専門医師の二重の診断により「要治療」「休業治療の必要あり」との判断により認定されており、この意味でも就労は禁止されている。

(二) 管理四の患者の労働能力の実情

前記のとおり、管理四の患者は、X線所見、あるいは、現実の肺機能に「著しい障害」が現出する程深刻な症状に陥っており、恒常的な肺機能の炎症の持続により、朝晩をはじめ一日中咳きとたんが続き、普通に歩いただけで、あるいは階段や坂道をすこし登っただけで息を切らせ、しばらく休まなければならない。また、全身的な酸素欠乏のため、疲れ易く、一定の姿勢を長時間とり続けることも不可能である。

さらに、肺内のガス交換が悪いため多量の血液を肺に送ろうとして恒常的な心臓負担が続き、最終的には、呼吸機能の低下と心機能の低下(肺性心という)が合併し、死に至るのである。したがって、走ることはもとより重い物を持つ等心肺機能を酷使することは、そもそも不可能であるばかりか、治療上も厳禁されている。

このように、管理四の患者は、一般的に労働能力がないものであるが、加えて、具体的、現実的な稼得能力は全く存在しない。即ち、じん肺患者は、元来、鉱山、炭鉱、トンネル等地下の密閉された粉じん作業に象徴される純然たる肉体労働に長年従事してきた者であり、その大部分は、五〇歳から六〇歳代の老齢の労働者である。しかも、その居住地は、旧炭田地帯等都市部から離れた過疎地であって、そもそも雇用の機会すら著しく少ないのが実際であるから、相当な特殊技能を持った事務労働者で、例えば肺結核等で一定の呼吸機能の障害を負った場合においては、治癒の後、一定の制限を受けながらも、軽度な事務作業に従事することも可能であろうが、原告等じん肺管理四の患者には、かかる選択は全く不可能である。

(三) 厚生年金保険法と労働能力

ところで、厚生年金保険法四七条では、「障害年金は(略)その傷病により別表第一に定める程度の疾病の状態にある場合、その疾病の程度に応じて、その者に支給する。」と規定し、疾病の程度を以下のとおり区分している。

一級 労働することを不能ならしめ、かつ、常時の監視又は介護を必要とする程度の障害を残すもの

二級 労働が高度の制限を受けるか、又は労働に高度な制限を加えることを必要とする程度の障害を残すもの

三級 労働が制限を受けるか、又は労働に制限を加えることを必要とする程度の障害を有するもの

以上のように、法は、疾病等級の区分の基準として、「労働不能」あるいは「労働制限」という概念を導入しており、身体障害の程度を区分するに際し、「生理的・解剖学的欠損」に加え「稼得能力欠損」を含めて総合評価しなければならないこと、当事者の置かれている社会的実態を十分勘案して廃疾等級を認定しなければならないことを強く示唆しており、障害を受けた労働者の実質的な労働能力の喪失の程度に着目し、その程度に応じ年金額を区分していることがわかる。

ところで、法はさらに、別表第一で、「傷病がなおらない場合」について、右の基本概念を前提に、その内容の具体化を厚生大臣に委任し、昭和二九年厚生省告示第二四一号(以下「厚生省告示」という。)が定められている。そこではけい肺(じん肺)について、以下のとおり定められている。

厚生年金保険法別表第一の規定による障害年金を支給すべき程度の障害の状態を定める件(昭和二九年厚生省告示第二四一号)

厚生年金保険法別表第一の一級第八号、二級第一五号及び三級第一四号の規定による障害年金を支給すべき程度の障害の状態は、傷病がなおらないで、左の表の中欄の各号の一に該当し、且つ、同表の下欄の状態にあるものとする。

ここで重要なことは、右法文の規定からいえば、障害等級表所定の概念と厚生省告示所定の概念とは、本来、原則として一致しなければならないということである。そうでなければ、法が委任した趣旨を逸脱することになるはずである。右規定によれば、法の定める基準をじん肺に具体化した場合においては、そのレントゲン所見とは別に、

1 一級、心肺機能が著しく減退しているもの

2 二級、心肺機能が中程度に減退しているもの

3 三級、心肺機能が軽度に減退しているもの

と各々定められている。そうであるならば、「著しい肺機能障害」があるとされる原告ら管理四の患者は、当然一級ないし二級に該当するのであり、三級は、管理二ないし三の患者が該当するものと考えられる。

〈省略〉

4  障害認定要領の違法性

被告は、厚生年金保険法の規定に基づいて(正確にいえば、右の規定があるにもかかわらず)その具体的運用基準を内部的な通達である「厚生年金保険法及び船員保険における障害認定について」(昭和五二年七月一五日庁保発第二〇号社会保険庁年金保険部長から都道府県知事あて通知、以下「障害認定要領」という。)を発し、これによりじん肺患者の一律の形式的基準を設定し、疾病等級を決定しているが、以下のとおり、障害認定要領は不当かつ違法である。

(一) まず、障害認定要領は、確かに、冒頭において、疾病等級区分の基準として、障害等級表所定の基本概念を示し、建前として法の求める趣旨を「尊重しながら」、「一部例示する」と称し、極めて詳細な具体的基準を一方的に規定し、より具体的な認定の道筋を拘束するに至っており、右疾病等級の認定に従事する行政担当者は、右基準を単なる「一部例示」として取り扱うどころか、行政上の絶対的基準として運用し、もっぱら、障害認定要領所定の具体的基準に、一つ一つ該当するか、否かにより、右認定を行っているのが実情であるから、障害認定要領は、行政の内部通達の範囲を逸脱している違法がある。

(二) 加えて、障害認定要領に基づく「例示」としての具体的基準の例示は、主として〈1〉X線写真の陰影像の程度、〈2〉予測肺活量の程度、動脈血ガス分析値等々、一定の医学上の「生理・解剖学的能力欠損」により構成されているが、その基準は著しく高く、ほとんど致死状態に陥った例外的な患者しか一級に認定されず、じん肺患者は、二級に認定されることもまれであり、法の規定する医学水準を大きく逸脱している。

(三) のみならず、障害認定要領は、医学的、解剖学的能力欠損のみが偏重され、法が予定している「稼得能力欠損」がほとんど反映されず、当該請求者の職歴、技術能力等社会的実態を考慮したその労働能力の「不能」「高度制限」「制限」を区分するのに必要な項目が全く考慮されていない違法がある。

したがって、原告ら管理四のじん肺患者は、一般的な労働能力がないことに加えて、具体的な稼得能力も全くなく、文字どおり、労働不能という外はなく、障害年金の一級該当者として処遇されるべきであり、少なくとも高度の制限付きであるが、労働が原則として可能である二級に該当することは明らかである。

5  原告の状況と障害認定

原告は、恒常的に咳き、たん、ぜんめいが続いているほか、人並みの速さで歩くと息苦しく、体力に自信がない旨訴えており、じん肺専門医で構成される北海道地方じん肺審査会において「胸部X線PR2/2g、肺機能検査F(file_4.jpg)、著しい肺機能障害がある」と認定され、管理四とされ、さらに、結核の治療指針として被告自らが定めている「安静度表」該当ランクについて、原告は、一切労働が禁止され、もっぱら自由時間と絶対安静時間で構成される「安静度、五度」であると認定されており、労災保険法により療養及び休業補償給付を受けて安静療養中であり、原告は労働能力がないことに加え、肉体労働に従事してきたため現実の稼得能力もないから、原告が二級に該当することは明らかである。

6  したがって、原告の障害の程度が三級に該当するものであるとした被告の本件処分は違法なので、原告は本件処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし同2の事実は認める。

2  同3(一)のうち、じん肺法等に原告主張の各条文等が存することは認め、その余は争う。

3  同3(二)のうち、管理四の患者が労働能力が全くないとの主張は争い、その余の事実は知らない。

4  同3(三)のうち、厚生年金保険法等に原告主張の各条文等が存することは認めるが、その余は争う。

5  同4の主張はいずれも争う。

6  同5のうち、原告が二級に該当するとの主張は争い、その余の事実は知らない。

三  被告の主張

1  じん肺法の趣旨と他法の取扱い

じん肺法において管理四と決定された者及び合併症にかかっていると認められる者は、療養を要する(同法二三条)こととされているが、これは「適正な予防及び健康管理その他必要な措置を講ずることにより、労働者の健康の保持その他福祉の増進に寄与する」(同法一条)というじん肺法の目的に則り労働者の健康の保持とじん肺症の増悪防止を図るため、労働者を粉じん作業に従事させる個々の事業者に対し、労働者の安全を図るための具体的あるいは一般的責務を規定したもののひとつにとどまるのであるから、右規定は、当該事業者と当該事業に従事する労働者との関係についてのみ規定しているもので、管理四とされたすべての者が他の職種、事業への就労を禁じられているものではなく、同法は当該者の就労の可否について他法の律するところに委ねているのである。

この点について、労働安全衛生法(昭和四七年六月八日法律第五七号)及び労働安全衛生規則(昭和四七年九月三〇日労働省令第三二号)をみると、労働安全衛生法は「労働災害の防止のための危害防止基準の確立、責任体制の明確化及び自主的活動の促進の措置を講ずる等その防止に関する総合的計画的な対策を推進することにより職場における労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な作業環境の形成を促進することを目的とする」(同法一条)ものであるが、同法六八条及び同規則六一条において、一定の場合における就業禁止について規定しているが、この場合における就業禁止は、当該事業者が同規則六一条の疾病について、産業医その他専門の医師の意見を聞いて行うものであり、右各法条の趣旨及び各規定内容から明らかなように、当該疾病にかかった者の就労一般が禁止されるものではなく、また、当該者の就業の可否とじん肺管理区分のいかんとの間の直接の関係はない。

したがって、じん肺法によるじん肺管理区分が管理四である労働者の就労が本来許されないとの原告の主張は理由がなく失当である。

2  労災保険法と厚生年金保険法の相違労災保険法は「業務上の事由・・・による労働者の負傷、疾病、障害・・に対して迅速かつ公正な保護をするため、必要な保険給付を行い、あわせて、業務上の事由・・により負傷し、又は疾病にかかった労働者の社会復帰の促進、当該労働者・・・の援護、適正な労働条件の確保等を図り、もって労働者の福祉の増進に寄与することを目的とする」(同法一条)ものであるが、一方、厚生年金保険法は「労働者の・・障害・・について保険給付を行い、労働者及びその遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とし、」(同法一条)、厚生年金保険法の障害年金は、その者の障害の状態に着目し、障害の程度に応じた給付を行う社会保険である(同法四七条)から、労災保険法と厚生年金保険法とでは、その趣旨、目的を一にするものではなく、また、それぞれの法に基づく各給付の要件もそれぞれ異なっているものであり、当該給付の程度を認定する手続きもそれぞれ別個のものとなっているのであるから、労災保険法の取扱いをもって、厚生年金保険法を律することはできない。

3  障害認定要領の適法性

厚生年金保険法で定める年金たる保険給付は、保険給付を受ける権利を有する者の請求に基づいて社会保険庁長官が裁定を行うことによって、具体化されるものである(同法三三条)。そして、厚生年金保険法の障害年金について裁定する場合には、社会保険庁長官は、請求者の厚生年金保険の障害年金の資格要件(同法四七条一項、二項)を審査した後、請求者の障害が障害等級表及び同表が委任する厚生省告示に定める程度の障害の状態に該当するか否かにより認定することとしているが、右の基準はなお一般的、抽象的な表現にとどまっているので、社会保険庁においては、右具体的な障害の認定にあたり、地域的又は時間的条件あるいは認定医師等により区々の結果を来すことのないように右の障害等級表及び厚生省告示の示す基準に即して障害認定要領を定め、認定事務の統一的運用を図っている。

右障害認定要領は、社会保険庁に設置されている専門医である技官及び認定医員の一〇名で構成する「厚生年金保険の廃疾認定基準検討委員会」が、厚生省に設置された障害等級調整問題研究会から昭和四一年八月に厚生大臣に提出された報告書及び労働省に設置された障害等級専門家会議から昭和五〇年二月に労働大臣に提出された報告書等を重要な参考資料としながら、法に定める障害等級表及び厚生省告示の示す障害の状態を具体的に定めたものである。また、制定後も、右委員会において、その後の医学の進歩等に対応して、昭和五四年及び昭和五七年の二度にわたり、改正を重ねているものである。

以上のとおり、障害認定要領は、障害等級表及び厚生省告示による認定事務の統一を図ることにより給付の公平を期すとともに、裁定事務の迅速、適正化を図ったものであって、右の認定事務の運用は必要かつ相当であって、障害等級表及び厚生省告示に定められた障害の程度の範囲をいささかも限縮したものではない。

4  本件処分の適法性

原告が昭和五七年一一月二日付けをもって被告に提出した障害年金裁定の請求書に添付した安曽武夫医師作成の診断書によれば、障害の発生は昭和五五年九月四日、障害名はじん肺症となっており、また、障害認定日(初診日から起算して一年六月を経過した日)は、昭和五七年三月四日であり、この日における原告の障害の状態は次のとおりである。

〈1〉 胸部X線所見では、粒状影又は不整形陰影は多数あるが大陰影はなく肺結核は認められない。

〈2〉 予測肺活量一秒四五・三パーセント、動脈血O2分圧七〇・六mmHg、同CO2分圧四五・三mmHg及び肺胞気・動脈血O2分圧較差二四・八二mmHgとなっている。

〈3〉 ヒュージョーンズ分類はⅢ度(人並みの速さで歩くと息苦しくなるがゆっくりなら歩ける)とされている。

右の原告の症状及び心肺機能の状態を障害認定要領に照らせば、いずれも障害等級表の二級に該当する障害とは認定することはできず、三級に該当するものと認められる。

四  被告の主張に対する認否及び原告の反論

1  被告の主張1のうち、じん肺法等に被告主張の各条文が存することは認め、その余は争う。

2  同2のうち、労災保険法、厚生年金保険法に被告主張の各条文が存することは認め、その余は争う。

労災保険法、厚生年金保険法は、いずれも労働者の「負傷、疾病、廃疾又は死亡」(労災保険法)「老齢廃疾、死亡又は脱退」(厚生年金保険法)等労働不能になった場合において、その「福祉の増進に寄与」(労災保険法)「生活の安定と福祉の向上に寄与」(厚生年金保険法)するために規定されたものであり、労災保険法が業務上の事由によるものを担保し、厚生年金保険法がその他の一般的事由によるものを担保し、本件のように業務上疾病の場合には併給されるのが普通であって、極めて密接な関係があることは自明である。

3  同3のうち、障害認定要領は適法であるとの主張は争い、その余の事実は知らない。

4  同4のうち、原告が三級に該当するとの主張は争い、その余は知らない。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因1及び2の事実は、当事者間に争いがない。

二  原告は、違法な障害認定要領に基づいた本件処分は違法である旨を主張するので、この点に関する原告の主張についてその主張する違法事由に即して判断する。

1  まず、原告は、障害認定要領は、建前としては法の求める趣旨を尊重しながら、極めて詳細な具体的基準を一方的に規定し、より具体的な認定の道筋を拘束するに至っており、疾病等級の認定に従事する行政担当者は、行政上の絶対的基準としてこれを運用し、もっぱら、右認定要領所定の具体的基準に一つ一つの症状が該当するか否かにより、右認定を行っているのが実情であり、行政の内部通達の範囲を逸脱している違法がある旨を主張する。

ところで、厚生年金保険法で定める年金たる保険給付は、保険給付を受ける権利を有する者の請求に基づいて被告が裁定を行うことによって、具体化されるものである(同法三三条)。そして、厚生年金保険の障害年金について裁定する場合には、被告は、請求者の厚生年金保険の障害年金の資格要件(同法四七条一項、二項)を審査した後、請求者の障害が障害等級表及び厚生省告示に定める程度の障害の状態に該当するか否かにより認定することになるものであるところ、(証拠略)によれば、右の基準はなお一般的、抽象的な表現にとどまっているので、社会保険庁においては、具体的な障害の等級の認定にあたり、地域的又は時間的条件あるいは認定医師等により区々の結果を来すことがなく、認定事務を統一して運用するため、具体的基準を作成することとし、社会保険庁に設置されている専門医である技官及び認定医員の一〇名で構成する「厚生年金保険の廃疾認定基準検討委員会」が、厚生省に設置された障害等級調整問題研究会から昭和四一年八月に厚生大臣に提出された報告書及び労働省に設置された障害等級専門家会議から昭和五〇年二月に労働大臣に提出された報告書等を重要な参考資料としながら、法に定める障害等級表及び厚生省告示の示す障害の状態を具体的に定めた障害認定要領を作成したこと、また、制定後も、右委員会において、その後の医学の進歩等に対応して、昭和五四年及び昭和五七年の二度にわたり、改正を重ねていること、障害認定要領の内容は、各障害等級に相当する障害の程度を、胸部X線、心肺機能、合併症の有無及び程度等から一部例示したものであることが認められ、右によれば、障害認定要領は、障害等級の認定事務の統一を図って給付の公平を期すとともに、認定事務の迅速、適正化を図ったものというべきであるから、障害認定要領に基づいて認定をすることはむしろ必要かつ合理的なものというべきであって、その基準が障害等級表及び厚生省告示に定められた障害の程度の範囲を逸脱したものでない限り(この点については後に検討する。)、障害認定要領で具体的基準を定め、これに基づく運用をしたからといってそのこと自体が違法になるものではないといわなければならない。

2  原告は、障害認定要領に基づく「例示」としての具体的基準の例示は、主として、〈1〉X線写真の陰影像の程度、〈2〉予測肺活量の程度、動脈血ガス分析値等、一定の医学上の「生理・解剖学的能力欠損」により構成されているが、その基準は著しく高く、ほとんど致死状態に陥った例外的な患者しか一級に認定されず、じん肺患者は、二級に認定されることもまれであり、法の規定する医学水準を大きく逸脱している旨を主張する。

(証拠略)によれば、全国じん肺患者同盟に加入しているじん肺患者のうち北海道地方本部の担当する約一一〇〇名のなかで、厚生年金保険法の定める一級の障害年金の支給を受けている患者は二、三名にすぎないこと、一級に認定された患者の多くが半年ないし一年で死亡していること、二級に認定された患者はほとんど継続的入院患者であること、じん肺患者は、一般に気道に慢性の炎症性変化があるので感染症にかかりやすく、また、肺性心が進行して、呼吸不全あるいは心不全を起こす場合があり、じん肺認定患者の多くは三級のまま余病を併発して死亡していること、活動性の肺結核の認められる患者の場合は、比較的活動能力の高い患者でも二級に認定されること、珪酸じんによる結節は肺のX線写真像に陰影が写りやすいが、炭素系粉じんの場合は、局所気腫の進行や広汎な肺気腫の進行により、粒状影が不明確化し、陰影が出にくいことが認められるが、しかしながら、右認定事実をもってしても、障害認定要領の基準が法の規定する水準を越えた高いものであると認めることはできず、他に、障害認定要領の基準が、法の規定する水準を逸脱して、著しく高い医学水準であることを根拠づける具体的主張及び立証はないから、原告の主張は採用することができない。

3  原告は、障害認定要領は、医学的、解剖学的能力欠損のみが偏重され、法が予定している「稼得能力欠損」つまり当該請求者の職歴、技術能力等社会的実態を考慮したその労働能力の「不能」「高度制限」「制限」を区分するのに必要な項目が十分反映されていない違法がある旨を主張し、各法の諸規定等をその根拠として挙げるので、順次検討する。

(一)  原告は、じん肺法によるじん肺管理区分が管理四である労働者の就労が法律上許されないことを右の根拠として主張する。

確かに、管理四とされた者は、「療養を要するもの」(じん肺法二三条)とされた上、労働基準法七五条二項、同法施行規則三五条別表一の二、五所定の業務上の疾病と認定され、労災保険法一三条所定の療養補償給付はもとより、労働することができない場合には、同法一四条所定の休業補償給付が支給されること、じん肺法が、より軽症な管理二、三のイ、ロとされた労働者について、粉じん作業の時間短縮をはじめ作業の転換に関する詳細な規定を定めている(じん肺法二〇条の二ないし二二条の二)にも拘わらず、管理四とされた者については、作業転換等について全く規定していないことは、原告の主張するとおりであるが、しかしながら、じん肺法は、労働者の健康の保持とじん肺症の増悪防止を図るため、労働者を粉じん作業を行う事業に使用する事業者に対して具体的責務を規定したものであるから、同法の規定は、右事業者と右事業に従事する労働者との関係について規定するにとどまるものであって、管理四とされた者が他の職種、事業へ就労することをすべて禁じているものではなく、同法は、管理四とされた者の他の職種等への就労の可否については、他の法律の定めるところに委ねているものと解すべきである。

そして、この点について、労働安全衛生法(昭和四七年六月八日法律第五七号)及び労働安全衛生規則(昭和四七年九月三〇日労働省令第三二号)をみると、同法は、六八条及び同規則六一条において、一定の場合における就業禁止について規定しているが、この場合における就業禁止は、当該事業者が同規則六一条一項の疾病について、産業医その他専門の医師の意見を聞いて行うもの(同規則六一条二項)であって、右各規定の内容自体から明らかなように、当該疾病にかかった者の就労一般がすべて一律に禁止されているものではないのである。

そうすると、じん肺法上管理四とされた労働者は就労することが一般的に許されない旨の原告の主張は、理由がないものといわなければならない。

(二)  次に、原告は、少なくとも労災保険法上は、管理四とされた者は例外なく全員労働不能と評価され、労災保険法の休業補償給付の支給を受けていることをその根拠として主張する。

しかしながら、労災保険法は「業務上の理由・・・による労働者の負傷、疾病、障害・・・に対して迅速かつ公正な保護をするため、必要な保険給付を行い、あわせて、業務上の事由・・・により負傷し、又は疾病にかかった労働者の社会復帰の促進、当該労働者・・・の援護、適正な労働条件の確保等を図り、もって労働者の福祉の増進に寄与することを目的とする」(同法一条)ものであり、他方、厚生年金保険法は「労働者の・・障害・・について保険給付を行い、労働者及びその遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とする」(同法一条)ものである。そして、休業補償給付は、労働者の従事する当該業務上の事由による負傷又は疾病により労働に従事することができないときに、負傷、疾病が治癒することを前提に、治癒に至るまで給付基礎日額(平均賃金)に応じた給付をするものである(労災保険法一四条一項)のに対し、厚生年金保険法の障害年金は、その者の障害の状態に着目し、おおむね被給付者の一般的な労働能力の有無、程度という観点から障害の程度に応じた給付を行う社会保険である(厚生年金保険法四七条)。したがって、労災保険法の休業補償給付と厚生年金保険法の障害年金とでは、その趣旨、目的及び給付の要件がそれぞれ異なり、労災保険法の休業補償給付を受給していることをもって、直ちに厚生年金保険法上の労働不能であるということはできないものというべきである。よって、この点に関する原告の主張は失当である。

(三)  さらに、原告は、管理四とされた者の労働能力の実情を、労働能力がないことの根拠として主張する。

(証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、障害等級調整問題研究会報告書には「障害等級区分を樹立するために必要な基本原則について考察を行い、障害認定のあるべき姿は、生理・解剖学的能力欠損(一次能力障害)と、稼得能力欠損(二次能力障害)とを総合して評価すべきである」旨の記載があること、じん肺患者は、元来、鉱山、炭鉱、トンネル等地下の密閉された粉じん作業に象徴される純然たる肉体労働に長年従事してきた者であり、その大部分は、老齢の労働者で、その居住地は、旧炭田地帯等都市部から離れた過疎地であって、そもそも雇用の機会すら著しく少ないのが実際であることが認められるから、管理四とされた者が現実に自己の居住地の周辺で事務系統の軽微な作業に従事して稼働を継続して行くことは困難な状況にあることが窺われるが、しかしながら、証人安曽武夫の証言及び弁論の全趣旨によれば、じん肺法上管理四は、〈1〉エックス線写真の像が第四型(大陰影)であるか、もしくは、〈2〉エックス線写真に所見があり、かつ、「著しい肺機能障害がある」と認められるものであるため、管理四とされた者の病状の程度は重いものから比較的軽いものまであること、管理四とされた者の中には、医者の許可を得て実際に事務の仕事をしている者もあることが認められる(右認定に反する証拠はない。)から、管理四とされた者といってもその状態にはある程度の幅があり、炭鉱夫等の従前の作業にそのまま従事することは不可能であるが、現実に雇用があるかどうかは別にして、軽微な事務作業等に就労することが可能な場合もあるというべきであり、したがって、管理四とされた者は一般的に労働能力がない、あるいは、労働能力に高度の制限を受け、あるいは加えることを要する者であるとまではいえないというべきである。この点の原告の主張も理由がない。

4  以上にはれば、障害認定要領自体が違法であるとの原告の主張はこれを認めることができないから、違法な障害認定要領を適用してなされた本件処分は違法である旨の原告の主張は失当である。

三  本件処分の違法性

(証拠略)によれば、原告が昭和五七年一一月二日付けをもって被告に提出した障害年金裁定の請求書に添付した安曽医師作成の診断書には、障害(じん肺)の発生は昭和五五年九月四日、障害認定日(初診日から起算して一年六月を経過した日)は昭和五七年三月四日であると記載されていること、昭和五七年三月九日における原告の障害の状態は、胸部X線所見では、粒状影又は不整形陰影は多数あるが大陰影はなく、肺結核は認められず、胸膜癒着、気腫化は軽度に、線維化は中程度に認められたが、不透明肺、胸廓変形、心縦隔の変形は認められなかったこと、換気機能については、予測肺活量一秒率は四五・三%であり、昭和五七年九月一六日の動脈血O2分圧は七〇・六mmHg、同CO2分圧は四五・三mmHg、肺胞気、動脈血O2、分圧較差は二四・八二mmHgであったこと、呼吸困難の度合いを表すヒュージョーンズ分類はⅢ度(人並みの速さで歩くと息苦しくなるが、ゆっくりなら歩ける)であったこと、原告は、恒常的に咳き、たん、ぜんめいがあったが、胸痛、悪寒、盗汗はなく、食欲は中程度で、栄養状態は良かったこと、結核の治療指針の安静度表による安静度は五度であったこと、原告は、息切れが甚だしく歩行が困難で、体力に自信がない旨を申し立てていたことが認められ、右認定に反する証拠はないところ、右の原告の症状及び心肺機能の状態を障害認定要領に照らせば、原告は本件処分当時障害等級表の三級に該当していたものと認めるのが相当である。

なお、弁論の全趣旨によれば、原告は、北海道地方じん肺審査会において、著しい肺機能障害があると認定されて、管理四とされていることが認められるが、「じん肺に関し・・・労働者の健康の保持その他福祉の増進に寄与」(じん肺法一条)するため、当該労働者を粉じん作業から回避させ、療養させることが必要である程度に「著しい肺機能の障害(同法四条二項)があることと、「労働者の・・・障害・・・について保険給付を行い・・・労働者の生活の安定と福祉の向上に寄与」(厚生年金保険法一条)するため、「労働が高度の制限を受けるか、又は労働に高度な制限を加えることを必要とする程度の障害を残す」(同法別表第一)ということができる程度に「心肺機能が中程度に減退している」(昭和二九年厚生省告示第二四一号)こととは、必ずしも一致しないものというべきであるから、じん肺法上著しい肺機能障害があるからといって、直ちに厚生年金保険法上心肺機能が中程度に減退しているとはいえないものといわなければならない。

(なお、付言するに、原告は、前記認定のとおり、安曽医師により、結核の治療指針の安静度表による安静度が五度であると診断されているが、(証拠略)によれば、右の結核の安静度は、厚生省保険局が結核性疾患に対する治療方針として定めたもの(昭和三二年三月一九日保発第一六号の一厚生省保険局長通知)であり、この安静度は、厚生年金保険の障害年金において、肺結核にり患している患者の障害の状態を認定する場合に参考資料として用いられるにすぎないものであること、「厚生年金保険における疾病の認定について」(昭和三六年七月一一日保発第四七号厚生省保険局長から、都道府県知事あて通知)には、疾病の程度が厚生年金保険法「別表第一の一級に該当するものは、・・・例えば結核性疾患にあっては「結核の治療方針」・・・の安静度表における安静度一度ないし二度をいい、その他の傷病についてもこれに準ずるものとする」「疾病の程度が法別表第一の二級に該当するものは・・・安静度三度ないし四度をいい、その他の傷病についてもこれに準ずるものとする。」「疾病の程度が法別表第一の三級に該当するものは、・・・安静度五度ないし六度をいい、その他の傷病についてもこれに準ずるものとする。」旨規定されていることが認められるから、安静度五度である肺結核患者は、労働能力を全く喪失しているものには該当しないのみならず、労働が高度の制限を受けるか又は労働に高度の制限を加えることを必要とするものにも該当しないことが明らかであるから、安静度五度のじん肺患者が労働不能であるということはできない。)。

四  よって、本件処分には何らの違法がなく、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宍戸達徳 裁判官 北澤晶 裁判官 生野孝司)

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